ハウスクリーニングをしていますと、在宅・空室を問わず、その家に入ると窓を開けたくなります。

特に空室でしょうか。

締め切られた窓、ドアによって、重いといいますか、どんよりといいますか、要するにあまり気持ちの良くない空気が充満しているのが分かります。

現在、気に鈍感だという人であってもですね、これは気にすればその感覚は自然に磨かれていきます。

長い間、締め切りの家で気持ちの良い空間だと思うことは無いですね。皆無、ゼロです。

これはきっと関東最高の土地と言われる皇居内の建物でも同じだと思います。マクロの視点からみると最高の立地でも、ミクロの視点からみたその部屋の換気をないがしろにしてはせっかくの立地を生かすことはできません。

さて、こんなことを改めて思ったのにはきっかけがありました。

近所の一軒家なのですけど、中年男性らしき人物の「怒鳴り声」がしょっちゅう聞こえるんですね。

2階の窓から白い蛍光灯の明かりが見えます。昼間は多分あまり点いていなくて、私が深夜帰宅したときとか、早朝に出発するときに明かりをみた印象が強いので、おそらく家に閉じこもっていて、生活が昼夜逆転していると思うんですね。そして年老いた親に気に入らないことがあると怒鳴る、そんな感じかなと思っています。

冒頭の話に戻るのですけれど、この部屋の『窓が開いているのを見たことがない』んですね。カーテンが開いているから中の蛍光灯の明かりが見えるのですけれど、窓はいつも締め切りなんです。

窓を締め切りだからおかしなことになっているんじゃないか?と私は思うんです。

私が自分の殻に籠りがちだった時代もそうですし、他の人の話、印象もそうです。

外に出ない、心を閉ざす、当たりやすい人に当たって一過性のストレスを晴らす、そうした悪循環は更なる自己嫌悪を生み出し、さらに外に出るのが嫌になる…

一言でいって「自意識過剰」ということだと…過ぎ去った時代を振り返ってみてそう思います。現在当事者の方は自意識過剰などという一言で割り切れるものではない、と思われるかも知れませんが、でも所詮はその程度のものにすぎないと思いますね。

テレビ番組で、どエラい苦労を語る人が居るでしょう。

テレビから消えた芸能人の苦難の時代もそうですし、偉人の人生を振り返る番組でも、とんでもない苦労…肉体疲労、精神疲労、病苦、離別、借金苦、差別、迫害、孤独、詐欺被害…そんな話はたくさん溢れています。

でも、そういう話で感動したとしても、翌日には殆ど忘れてるんですね。私もそうですし、殆どの方がそうではないでしょうか。

所詮、他人の不幸話なんてそんなもんなんですよね。

全部、なにからなにまで他人にさらけ出すのもまた極端な話だと思いますけど、なんというかこう…抱えていた苦悩を大雑把にでもサラッと言えてしまうような姿勢というんでしょうかね。

人生上手くいっている人、幸福感の強い人って大抵皆そうですし、幸福の原点かな~と思うんです。

苦悩をサラッと言えてしまう人

苦悩を自分の中で全て抱えてしまう人

この両者の違いって、世の中ではまだあまり言われていないことかも知れませんが、私は「換気」にあると思いますね。苦悩をサラッと言えてしまう人で、年がら年中、締め切りの部屋に居るなんて絶対ない!と思います。

人間って複雑ですから、陽気を装って多弁で、自分のことをたくさん喋っている風でも、実際には核心に触れていない…なんていうパターンもありますが、そういう人はやっぱり換気をあまりしていないと思いますし、暑苦しいイメージを拭えません。

換気からはじまって、清潔、掃除、整理整頓となって、それを保つことが脱皮の秘訣なんですが、とにかくまずは換気ですね。

換気によって自意識過剰になっている自分を洗い流しましょう。
イメージです^^;