私の風水におけるお掃除の必要性に関する主張はただ一点、風水対策を施しても部屋が汚いままだと「良い気を活用できない」ということです。

だだそうした認識に至るまでには複数の壁があります。

「気」というものを信じている人はたくさんいますし、元気、気力、活気…など、気という漢字が生活の至る所にあるという話なども分かりやすい例で、多くの方に納得していただいた私自身の経験もあります。

目に見えないけれどあるもの=気、であることは多くの人が受け入れている事実だといえるでしょう。

しかし、目に見えないけれど感じることができる、という認識になったときにどう思うか?が最初の壁かと思います。

風の圧力、風圧だったり、炎に顔を近づけたときに感じる熱気は物理的に説明できますが、気は物理的に説明できませんからこの部分の理解はブラックボックスであり、気功教室に通っている方や風水に熱心に取り組んでおられる方であっても、曖昧な理解のままで知識や技術だけが発達するのが現状だと思います。

なんだか良くわからないけれど、自分は確かに気を感じるし、その気感もだんだん強くなっているから疑問の余地がない、

というところではないでしょうか。

私が気功教室に過去に通っていた時代がまさに、こうした認識だったんですね。

人体の気を整える技を気功教室で学べるのなら、家の気を整える技は風水で学べます。両手の手のひらで空気のボールを握るような訓練で、ふわふわとした柔らかいボールを握っているようになる気の訓練と違い、体感することが分かりづらいというのが次の壁だと思います。

さらに次の壁が、そうしたものの中に本物があると思っても玉石混交だという事実。情報がたくさんあって、興味があってもどれを選んでよいか分からないという問題。これがあります。

壁① 気を感じられても物理的な説明はできない事実

壁② 風水は体感できない

壁③ どれが本物か分からない

③まで至って私が提供する風水の作用は最大限に効果を発揮するのですが、①~③までの全ての壁を同時に取り払ってくれるのが、

はじめにお読みください
http://fusui-housecleaning.jp/?page_id=620

こちらのページに書いた文章なんですね。せっかくお掃除するなら、王様のお掃除をしませんか?ということです。茶道、華道、といったものに儀式があるように、家での生活、お掃除にも儀式があるということです。